以下は、「佐藤文明の初期論文ー1」からの転載です。

 

〈転載開始〉

佐藤文明の初期論文ー1

http://www2s.biglobe.ne.jp/~bumsat/B-hp.Ron1.htm

<私生子>差別を押しつける

            戸籍制度を解体するために

 

    第 1 章

 

現行の民法上、子は三通りの身分に分けられる。これを俗な呼び方でいえば、実子、庶子、私生子である。法律用語では、それぞれ嫡出子、父の認知を受けた嫡出でない子、父の認知を受けない嫡出でない子、がそれに当たる。

これら三通りの身分は、その後の身分関係の取り扱い上、違った処理をされ、財産相続および扶養関係の上で民法上全く異なった権利を付与される。

こうしたことは、私有財産制を系譜的血縁関係によって守ろうとする先進資 本主義国のすべての婚姻法、親子法上共通である。したがって、実体的に存在するこれらの差別は、用語の追放によってなくなりはしないし、ましてやわが国固 有の戸籍面上の差別と闘ったところでこの差別がこの社会で果たしている資本主義的、家父長制的機能がなんらかの変化を受けると期待することはできない。

その意味で、われわれがこれから行おうとする戸籍面上の記載の差別、およ び住民票上の記載の差別を撤廃する戦いも、一種の改良闘争であるにすぎないことを認めねばならない。事実、強度のアジア的農耕生産様式と、嫡子による家督 相続という武家社会の掟が、大化の改新以来の天皇制の基盤である日本型大家族制度と合体したところに成立した「家」制度と、この具体化であった明治以降の 戸籍制度の問題点をすべてうち崩したとしても、私生児に対する差別がなくなりはしないことは、こうした戸籍制度を持たない欧米にも同じ差別が存在すること からも明らかである。

アメリカのリブ組織WONAACのメンバーであり、トロッキズム党派SWPのメンバーでもあるアンドレ・モレルもSWPの 機関紙『ミリタント』において「子供に対する犯罪的無視は、資本主義の社会組織に対する告発として位置している」と語ったあと「いわゆる法外児(私生児よ りは差別臭の少ない用語)と呼ばれる子供は、この社会によって一生汚名を着せられる」と、書いている。実態はモレルの主張どうりなので、本当の闘いは、対 戸籍法上民法上、あるいは住民基本台帳法上の闘いではなく、まさしく日常の、現実生活上の闘いなのであることはハッキリしている。

しかし、タテマエ(法律)上の平等を確保することはやはり必要である。タ テマエは権力を手にすることで日常を変えることができる。現実的基盤をなにひとつ持っておらず、架空の制度であったといわれるかの「家」制度が、どれだけ 戦前の現実を変えたか、それが今もって尾を引いているかは、なお人々の記憶に新しいことである。女の歴史、子の歴史は、むしろこのタテマエに振り回された といっても過言ではない。そしてまた、男もである。

そうであればこそ、また、この尻尾と闘うことで、 我々はこうした権力の構造の一切と闘うきっかけをつかむことができる。この限りで、我々はまた、以下のに述べる改良闘争をも担っていかなければならないものだと考える。いや、そんなにキバルこともない。 我々が生きようとしているところに、これを妨害しようとする力が介入してくるのであれば、それが改良であろうが革命であろうが、これと闘わなければならないのである。ただ、この改良が、特定の自己保身を通じて、より弱き者に対する差別をつくり出さない限りで。

 

そもそも戸籍とは、「個」を通じて「籍」を明らかにするものであり、個人 の尊厳および権利(私権)は某かの「戸」に「籍」する(家に所属する)ことによってのみ保障される、という考え方の上に立っている。したがって「籍」する 「戸」を持たぬ者は「狼藉」者として取り締まりの対象となる。

戦後の憲法は、十四条と二十四条により、この考えを捨て、タテマエ上の法の下の平等、個人の尊厳、そして私権を家族から独立させることをうたった。このタテマエをもとに、民法は改正され、夫婦の本質的平等および戸主権の放棄が断行された。

しかし、この戸籍という考え方を変えることができなかったのである。従っ て新民法は「戸」を夫婦単位の家庭にすり替えただけであり、戸籍法自身は大幅な改正を免れた。この考えによれば、男も女も結婚して「戸」を構えて初めて一 人前。それ以前の形態には、どんな私権もない、というニュアンスを法の中に持ち込まざるを得ない。確かに、相互に平等の私的契約よって結ばれる夫婦にとっ ては、「戸」に「籍」する以前にも完全な私権を持っている、という錯覚を持つことができる。

ところが、これを子の側の立場から見た場合、決して「家」制度は解体され ていない、といえるのである。子は現行の戸籍によっても各「戸」に特定の身分関係によって「籍」される。子は法律上「家」の所有物から夫婦の所有物に移さ れ、実体的にも家父長制の支配から家夫長制の支配へと移されたが、タテマエ上からも私権は侵され、個人の尊厳の対象たる一人格として扱う考えを無視されて いる。つまり、子に対する身分上の差別は何ひとつ変わっていないのである。そしてこの証拠を、我々は戸籍法上の取り扱いにおいて象徴的にうかがい知ること ができる。

 

まず、諸個人の身分関係を記録する基礎台帳について諸外国の例を見ておく と、ソビエトはじめ東欧の共産諸国のそれは、ほとんどが個人を単位とする記録簿となっている。それが統一管理されて身分証明の日常的機能を果たしているこ とは問題であるが、少なくともこの記録方式に男と女、子供との間に差別扱いは見られない。

次に、私権の発展の最も進んだアメリカ、イギリス、フランスなど西側諸国 のそれは、多くが身分登記制度と部分的な人口動態調査に限られ、個人史を生涯にわたって管理するという記録台帳を持っていない。と同時に、法的身分関係の 成立消滅は、その身分関係の当事者同士がその場かぎりの証書を作成することで終わるので、これが当事者以外の者に書類上、影響を与えるようなことはない。 ここでも公簿の取り扱いおよび記載上で男と女、子供との間に差別はない。

どちらの場合にも個人はそれなりの独立者であり個人の存在証明は戸「籍」 によって行われる必要がない。この結果、アメリカ、イギリス、フランスなどの場合には、親子関係の前述の差別が直接公簿上で明らかになることはなく、出生 届もまた、母と子の間の出産関係の事実が記録されるだけである。さらにアメリカの場合、この際の母親の名は処女名で記録されるので、父親の名はもちろん、 母親の婚姻の事実さえ明らかにはされないようになっているのである。

この、公簿上から実子、庶子、私生児差別記載の追放は、公簿上における私 権の尊重(これはまた発達した資本主義制度の産み落としたものではあるが)の結果として行われているものであり、さらに考えてみれば、実子も庶子も私生児 も、私権の上に立った数個の(ここでは婚姻、認知、出生などが絡まったもの)契約や黙約の結果として形成されたものである。したがって、結果として形成さ れるものをあえて記載したり命名したりする必要はさらさらなく、差別記載のないことが、むしろ当然のことなのである。

そして、ここにわが国の戸籍制度の最大の矛盾がある。しかも、この矛盾は 国の支配者および権力者にとって最も都合の良い形態をとった矛盾である。そしてこの矛盾こそ、かの「家」制度を「家制度」たらしめた元凶であり、新民法の 登場によって細分化されはしたもの、依然強力に残存し、今日の「家族制度」を支配しているものである。それは、結果として強制されたものを前提として強制 する。戸主によって強制されたものを国が 強制するのである。これは明治政府が大衆支配権を国家に吸収する際にとった最も典型的なパターンだったと考えられる。

 

ここで、日本における現行の記録制度を眺めてみよう。子の出生はどのように登録され、どう差別されるのか、という立場から見れば、およそ次のようになる。まず、医師法19条および出生証明書の様式等を定める省令(S27.11.17法務省厚生省令一号)による出生証明が、戸籍法上の出生届けの事実証明になる。これには母親の氏名ほか子の出生日時、場所、体重など、生物学的物理的事実以外の記載はなく、差別的色彩は一切ない。アメリカにおける出生届は、ほぼこれに当たるとみてよい。次に問題の戸籍法49条基づく出生の届出なのであるが、この書式戸籍法施行規則附録第11号によって定められている。

ところで、住民基本台帳には出生届の義務規定はないので、戸籍法および住民票の記載は、原則的に前記の書式による記載がこれを兼ねているみてよい。また、このほか、人口動態調査令(S21.9.30勅令447)上の届出も兼ねているので、ここでは戸籍法の届出事項に限って考えることにする。というのも、それ以外の欄に記載の不備があっても、この届出は一応出生の届出として受理されうるからである。

ここで問題となるのは(同居を始めたとき欄の解釈や届出人の資格にもあるが)なんといっても「父母との続き柄欄」である。この欄は嫡出子と嫡出子でない子の別および男女の別(戸籍法49条)、 さらに嫡出子については男女ごとにその出産順を明らかにするためのものである。しかし、最後のものはこれを届け出る義務規定が現行の諸法令中のどこにも存 在しない。またそのような出産順位の読み方の定め(これを格列式続柄呼称と名付けておく)も旧戸籍法上の関係通達の中でしか明らかにされていない。さらに 戸籍法49条に定めるところの前記の届出事項が同法13条 の4における続柄に当たるのかどうか、戸籍法は明らかにしていないし、続柄についての定義は格列式呼称同様、旧法取り扱い上の慣例にすぎず、新法上の続柄 がこれに当たるとする解釈には新法制定上のタテマエからして疑問である。したがって同法49条に定める非嫡の別(嫡出子と嫡出子でな い子の別)および男女の別の届出は、父母との続柄として届ける必要はない(アメリカの例であるが、アメリカではあらゆる公簿上の父母と続柄欄には、sondaughter以外のどんな単語も存在しない。もちろん、長男、長女、二男…、といった格列式続柄呼称も存在しない)。

さらに、戸籍法49条の規定も、必要以上の届出を一般に課すことで身分差別を強調し、民法第1条ノ2の精神に反している。

 

民法772条および790条の規定(790条 の規定は民事上の規定ではなく、他の氏の規定同様、戸籍取扱上の規定なので、この条は戸籍法に移すべきだという意見も多数出ているように)は、欧米諸国の 親子法の規定同様、民法第一条の2の精神を生かして、諸事実や契約の結果としての法手続き上の規定と解すべきであって、身分規定ではない(もしそうなら、 これは憲法141項および242項違反 である)。にもかかわらず、戸籍法四十九条1項はこの届出をすべての出生子に対して課している。

出生子は法手続き上の規定によって、ある場合に限り非嫡出子と判断される のであって、非嫡出子となるためにある場合を選択して届け出るのではない。嫡出子の現行法上における特権を守るために、自ら非嫡出子であると名乗なければ ならないとすれば、これは差別を超えて弾圧である。

非嫡の別の届け出は婚姻の200日以内に生まれた子に対する届け出以外には、どのような創設的効果も持ってはいないのである。したがって、これ以外の子の出生届に対して、不要な届出事項を課すことは、実生活上における私生児差別の温存と強化を図るものというしかない。

事実、この欄の記載方を説明するために、毎日何千という役所の窓口で昭和17年 に法律上姿を消したはずの「私生子」という言葉が、今も再生産され続けているのである。また、仮に嫡出子という言葉を固守して記載方の説明をしたとして も、「嫡」という漢字が持つ、あるいは「嫡子」という単語が歴史的に持つ犯罪性、差別性は消えはしない。この点には後にもう一度ふれよう。

 

出生届の「父母との続柄欄」における上述のような疑義のより本質的な問題点は、実は届書にではなく戸籍簿の「父母との続柄欄」記載事項の方にある。付録11号の届出書式は、むしろ戸籍簿の続柄欄の記載を誤りなく行えるよう、便宜的に設けられた記載式なのである。したがってわれわれは次に、戸籍簿の記載事項の問題を考えていくことで、届書のもつ問題点を同時に明らかにしていきたい。

現行の戸籍簿には名欄の右側に父母欄、その下にいわゆる父母との「続柄」 欄が設けられている。この欄に記載される文字は「男」「女」および「長」「二、三、…」のみである。もちろん前記は性別の区分のみを表すが、問題なのは後 記の「長」およびこれに続く一連漢数字である。これが前記の区分の上に組み合わされて、「長男、長女、二男、二女、…」という格列式続柄呼称を成している わけだが、さらにこの記載は嫡出でない子については「男」あるいは「女」とのみ記されるので、実質的には「続柄」欄によって三通りの身分が類別される。す なわち「性別」「非嫡の別」「同性の子の間での長幼の別(嫡出子に限る)」がそれである。

ところが、この記載方を続柄に当てるのは旧民法当時の慣習にすぎないのである。旧民法当時の戸籍は戸主を中心とした、いわゆる三代戸籍であるが、この戸 籍が目的としたものは、単に身分関係を記録するだけでなく、家督および財産相続権者を一望のもとに示す便宜主義をも、同時に抱えていた。したがって戸籍も また、戸主を中心としたすべて相続権者が一戸籍中に集められ、多数の同籍者の中でその相続順位の簡明な記載が求められたのであった。

この要請にこたえたのが、この続柄欄の記載方であったことはいうまでもない。

旧民法970条 に定められた相続順位によれば、嫡出子男、庶子男、嫡出子女、庶子女のに順で、さらにこの中にあっては年長の者とされていた。いわゆる長男単独相続制であ る。ここではまず、子供の続柄は男女の区分を、次に嫡出非嫡出の区別を、最後にその長幼の順序を示す必要がある。これが格列式続柄呼称の定められた背景で ある。したがって現実生活上の慣習とは何の関係もない。当時、地方で一般的だった長子相続制や末子相続制に都合のよい「長女、二男、三男、四女、…」的な 格列式続柄呼称もここでは排された。武家社会のオキテであった家父長的家督相続制度が、このように続柄呼称を支配したのである。しかも、以上のような格列 式続柄呼称(嫡男主導型格列式続柄呼称)の確立はすべて法律に基づいてではなく、通達の積み重ね、という行政権力の手で行われたのである。

 

戦後の新憲法の登場は、戸主を中心とする三代戸籍の考え方を崩した(三代戸籍の禁止・戸法17条)。日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律(いわゆる応急措置法S22419法律74号)第三条は「戸主家族その他家に関する規定は、これを適用しない」と謳った。これにこたえて、民法もまた前述の差別的相続順位を放棄した。ただひとつ嫡出でない子の相続上の差別を継承したこと(新民法9004)を除いて、これを庶子と呼ぶ(旧民法8272) ことも放棄した(新民法719条比較)。

したがって、このような精神に基づくならば、嫡男主導型格列式続柄呼称も当然この時点で廃止されなければならないものだったのである。

ところが、立法権の関心の免れた行政権力は便宜主義の名のもとにこの呼称を継承した。わずかに一偏の通達(S221014民甲1263号通達)が応急措置法に基づく続柄呼称の

混乱を防止するために発せられたにすぎない。この通達は、続柄を、戸主との続柄から父母との続柄に改めたのみで、実質的に旧法上の嫡男主導型格列呼称を追認するものであった。

戸主から父母への続柄の変換は、戸主権の否定、三代戸籍の禁止、男女平等の原則からみて、当然の措置であったが、この変換によって起こる呼称上の変更 は、後に述べる住民票上の記載の問題とも関連するので、簡単に説明しておく。まず、戸主との続柄といった場合の格列式呼称は、妻のいかんにかかわらず、戸 主の嫡出子を男女別に「長男、次男、三男、…」とするものである。これに対し父母との続柄という場合の嫡男主導型格列式呼称は、一組の夫婦ごとに、その夫 婦の嫡出子を「長男、次男(これはその嫡男主導型の色彩を弱めるため二男と記されこととなった)、…」と名付ける。したがって、先妻との間に嫡男がいた場 合、後妻との間に生まれた嫡男は、旧戸籍記載上では次男(先妻の嫡男を長男一人とした場合)、新戸籍記載上では長男(先妻の長男が同籍している場合、長男 は二人となる)として取り扱われる。前者を戸主中心格列呼称(正確には戸主中心嫡男主導型格列式続柄呼称)、後者を夫婦中心格列呼称と名付けておくが、夫 婦中心格列呼称となると、これはもう、歴史的にみても地理的にみても、あるいは階級的にみても生活実態として存在したことのない続柄呼称方式である 。夫婦(男女)平等は嫡男主導型続柄呼称と矛盾するし、兄弟(姉妹)平等は格列式続柄呼称と矛盾する。こうした不要な呼称方式が生活実態から生まれ出てく るはずがないのである。

 

それでは、いったい何のために政府は夫婦中心格列呼称(正確には夫婦中心嫡子主導型格列式続柄呼称)などという政治的な呼称を採用するに至ったのであろ うか。それをまず、当の法務省の戸籍法の権威・元法務省民事局第二課長は阿川清道氏に説明願おう。氏は戸籍実務家に向けた書『戸籍研修』(帝国判例法規出 版社S36315発 行)46ページの中に「家督相続の制度を廃止した新法の下では(嫡男主導型格列式続柄呼称)…、という数え方のいかんは法律上問題となるものでない。それ は、男女の別および嫡出子か嫡出でない子かの別について、露骨な表現を避けて、これを簡潔に明らかにする点においてのみ意味があるのである」と語ってい る。

さらに氏は、ご丁寧にもこれに続けて、新法でも表現上「格列式」を用いているが、これは子に対する「格」差を示すことが目的ではないのだから、この「格」差を気にするほうがむしろ憲法24条の精神にもとる、とまで解説してくださっている。

前記の注はなかなかに簡明な文章である。これによれば、続柄欄の記載は法律上問題となる男女、および非嫡の別を簡潔に明らかにするための手段であり、し かもそれは露骨な表現を避けなければならないような区別であるらしい。要するにこれは、続柄呼称というより、法的権利関係を示すため子供に張りつけられる 区分符牒なのだ。しかも、多分に差別的な実態を持つ(消極的であれ積極的であれ、氏もまたこれが差別記載であることを認めているのだ。もちろん非嫡の子に 対する差別、である)。

ではここでいう法律上の問題(ここでは戸籍法上に残る男女差別の問題は割愛する)とはなんなのであろうか。ここでは戸籍実務上の扱いの違いは問題ではない。それは次の「簡潔」さの問題となる。

氏がここで暗に示しているのはほかでもなく、前述の民法9004項 のなのである。ここには、戸籍が正当な相続権者を示す公簿である、との思想が受け継がれている。旧戸籍法が、国家の人民管理の台帳であると同時に、家督相 続と遺産相続の権利関係を示す公簿であったのと同様、新戸籍法もまた戸籍を人民の管理の基礎とするとともに、遺産相続の権利関係を直接に示す公簿なのであ る。したがって、嫡出と嫡出でない子の別は厳密に区分されなければならないものらしいのである。たとえそのために、遺産などとは縁もゆかりもない者が差別 されようとも、である。氏がいみじくも指摘するように家父長制の遺制にすぎない差別記載である格列式続柄呼称を維持することで、憲法24条の精神にもとる 親子観が温存されようとも、である。

 

だが本当に遺産相続の権利関係を示すために続柄欄上の差別は必要なのだろうか。この疑問は、我々を 戸籍の「簡潔」性、前に見たわが国特有の便宜主義が持つ犯罪性の問題へと導く。

続柄欄中に見られると同様の簡潔性は、実は父母欄中にも存在する。この記載上の差別が持つイデオロギーについては後に触れるが、ここでも、本来その欄が明らかにすべき役割を超えて、別の事実を簡潔に示そうとする姿勢が覗かれる。

この欄においては、子の父母が現在婚姻関係にあるかどうかで扱いを区別しているが、もちろんこんなことは戸籍法にさえ定められてはいない。これによれ ば、婚姻下の父母である場合、母欄の「氏」は省略され「名」だけが記載されるが、そうでない場合には父母ともに「氏名」は略されない。

だが、なにゆえに父母の婚姻関係の存否が、この父母欄によって示されなければならないのか(法律上の違いは一切ない)。われわれはここに子に対する新た な差別の芽を見ることができる。婚姻を極度に神聖視する近代イデオロギーは、子を嫡出と非嫡出に区分するだけでなく、夫婦の子とそうでない子に区分するこ とをも要求している。ここには、いわゆる連れ子を差別する思想がうかがえる。しかし、本来、子の尊厳は父母の婚姻の存否とは無関係、独立のはずである。

とすれば、この簡潔性とは、単に差別を要請する反動イデオロギーに、簡明な記載を持って応えようとする犯罪的な目論見であるといわざるを得ない。

同じことは、一見“法律上問題となる”必要性を持った差別記載であるがごとき続柄欄中の「簡潔」性にも言えることである。

なぜなら、嫡出と非嫡出の区分が“法律上問題となる”のは相続および扶養、それに戸籍自体が持つ取り扱い上の差異であるが、相続については現行戸籍はそ の簡潔性をタテマエの上からもすでに放棄しており、続柄呼称の簡便さ程度ではいまさら何の役にも立たない。また扶養や戸籍の扱いについては簡潔性の便に預 かるのは身分事項欄などの記載方をよく知り抜いているお役所さまであって、そのうえ当のお役所さまは簡潔であるがゆえに誤記の多い続柄欄によって子の身分 を判断してはならず、身分事項欄によってこれをしなければならない立場にある者でもある。

三代戸籍の放棄は、続柄の簡便性を犠牲にして憲法の精神を汲んだ。戸籍は非相続権者を一望のもとに確認しうる公簿ではなくなった。その意味からも、身分 事項欄によって自明のはずのこの種の差別を簡潔性の名の下にし続柄欄にも温存させようとすることは憲法の精神に反する。この不要な差別記載もまた、実に反 動イデオロギーの要請にこたえた結果温存された旧習なのである。

 

続柄欄についていえば、本来この欄においては、男女の別以外に区分しなければならない事項はひとつも存在しないのだ。したがって、この欄に政治的続柄呼 称(夫婦中心格列呼称)を充てることで出生子をレッテル化し、いたずらに身分差別を強調する記載方は即刻廃止されなければならない。

だいいち概念的に見ても「長男」とか「三女」とかの呼称が何故に父母との続柄なのか。さらに「男」「女」に至っては単に性別を示す名称にすぎないではないか。

以上、法的根拠(S221014民甲1263号通達)も危うく、社会的実態も存在しない続柄に関して出生届書中「父母との続き柄欄」に、我々はチェックする必要を認めない。

また、嫡出子を持つ親も、格列呼称を記入することで子を処分し、新たな差別者として政治的呼称の持つ犯罪性の加担者となることを拒否すべきである。

われわれはここで、戸籍父母欄、身分事項欄、戸籍簿、戸籍法、民法が持つ私生児差別の問題へと馳せ上る前に、同じく続柄呼称上の問題、日常生活上の記載の基礎となる住民基本台帳(いわゆる住民票)上の差別呼称の問題に焦点を移すことにする。

それにはまず、住民基本台帳の基本的性格(地方自治法との関連)と、居住関係登録の本質から話を進めなければならない。

いずれにしても、不要な差別を撤廃するために、ここで公簿上の続柄呼称を提案しておくとしよう。少なくとも、現実的、実態的な呼称にまで法が(それがな んらかの差別を含んでいる限り)介入することは許されない。公簿はただ、戸籍簿の場合「男子」「女子」という必要最小限の区分で満足すべきである。問題は 住民票であるが、これは結論からいえば戸籍同様「男子」「女子」とするか、「子」と統一するか、あるいはまた届出者の任意の呼称をそのまま採用するか、さ らには慣習化された呼称(これに問題があることを承知の上で)であると思われる性別主導型格列呼称を採用すべきであろう。これについては次章で触れるが、 両公簿のこの違いも、その基本法(民法と地方自治法)の性格の違いから出ているものである。

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       第  2  章

ここでわれわれは簡単に明治以降の“人民登録管理法史”を振り返ってみよう。これも、居住関係の登録簿である住民票が(純粋な居住関係登録であれば新し い制度ともいえた)タテマエとしては、主権在民をうたった新憲法によって初めて登場した地方自治の理念の下に生まれた地方自治法を基礎にして成立されたも のであるのに、現実的運用(住民登録法→住民基本台帳)は旧態依然とした全体主義的様相を帯びていることの原因を探るために必要だからである。

そして、住民票上の私生児差別記載も、実にこの点に振り回されたおろかな法律屋と、ズル賢くこれに便乗した政治屋との共同生産物なのである。では、両者 のこの野合を影から操ったもの、、それは言うまでもなく「家」制度を温存することで実質的な利益を上げることのできる同族経営者、地主層、中小の家族経営 主などの反動勢力(家族制度の維持が自らの経済活動を根本的に支えている階級)である。

国家による人民登録管理の方式には大きく分けて二種類ある。それは人間同士の関係を管理する身分関係登録、人間と地域、あるいは所属する建造物との関係 を管理する居住関係登録の二つである。このほか宗教との関係を管理する宗門登録もあるが、これは江戸時代の「宗門改」以外、日本ではあまり発達しなかっ た。しかし、大宝律令から「人別帳」にいたる、いわゆる居住関係登録の一千年の歴史は、常に身分関係の登録を伴い、世界でもまれにみる警察国家的な人民登 録管理方式を生み出したといっていい。

江戸幕府の権力の衰退と町民の台頭は、事実上、この「人別帳」による管理体制をつき崩したが、もとより、地方権力に依拠した「人別帳」は変化に即応でき ない限り崩壊せざるをえないものだった。この意味で、明治政府のとった人民登録管理方式(壬申戸籍)は一歩進んだものであったといってよい。なぜなら、こ れは直接的な国家管理を目指していたし、何よりも、分散化している個々の家の経済権力(経営体としての家族とその統率者)に、その登録の基礎を置いたから である。すなわち「家」制度である。

「戸」はまず人の所属する建造物である。したがって、壬申戸籍は当然居住関係登録から出発する。しかし、ここに同時に身分関係を読み込もうとするとき「戸」は現実的建造物であること辞め、抽象的な所属空間となる。ここに戸主権力が法的にも登場する場が開かれるのである。

壬申戸籍は出発からすでに居住関係登録制度を超えて身分関係登録へと発展する芽を持っていた。

 

では居住関係登録そのものは権力的ではないのかといえば決してそうではない。壬申戸籍の制定にあたっての狙いをみると、明治元年八月四日の布告には、 「近年有志ノ輩天下形勢不可已之處ヨリ往々藩籍ヲ脱シ四方ニ周流シ義ヲ唱ヘ……」江戸幕府を倒した脱籍浮浪の徒が、王政復古後も新体制に対する抵抗活動や めないので、これを取り締まるため戸籍制度を布くべきことが記されている。

そして、その狙いは警察(治安)のほか、徴兵、収税、学制などの確保(明治六年三月、戸籍法改正のための建議)である、とされている。

このように、居住関係の登録そのものも、国家によって支配されているとき、それは国家目的のための人民狩り出し台帳にほかならないのである。

強力な中央集権国家たる明治政府の人民登録管理制度はこうして出発した。しかし、人間の身分関係も居住関係も日々刻々と変化する。当初、壬申戸籍はこの変化に6年ごとの一斉調査(6年ごととは五年に一度のことである。が、これは一度も実行されず、M35に 国勢調査として復活。今日に至っている)で対応しようと試みた。しかし、明治十九年の戸籍法の改正時には、この方向をあきらめ、身分関係の変動について即 時届けさせる登記目録を欧米の制度をまねて設置した。しかし、戸籍制度そのものは、依然、居住関係登録であることをやめなかった。

戸籍が現在のような身分関係登録となったのは、身分登記簿と戸籍簿とが統一された大正三年の戸籍法によってである。プロレタリアートの大量の出現が生んだ居住地の大変動は、政府に、居住関係登録を国の人民管理の基礎資料とすることを断念させたのである。

ここにいたって「戸」=「家」は名実ともに抽象観念になるのであるが、欧米的な身分登記制度が、特定の集団を時間的にとらえようとする戸籍制度と合体し たとき「家制度」は真の意味完成を遂げた。そしてこの抽象観念は逆に現実の生活を律するイデオロギーとして「家」→「国家」、「戸主」→「天皇」を生みだ し、戦前の個人生活を振り回すことになったのである。

と同時に、変動する居住関係を登録するために設けられた寄留制度も、単に戸籍の補完制度として登場したために、純粋な居住関係の登録ではありえなかっ た。それは戸籍簿の特殊な取り扱いにほかならず、戸籍簿なくして自立しえなかっただけでなく、大家族制度とは無縁なプロレタリアートの居所の中にまで、 「家」制度が持つ身分関係上の権力を持ち込むこととなった。

この登録簿はそのまま徴兵の基礎台帳となっただけでなく、実はその戦闘のエネルギーまで生産させる原動力となったのだが、この点にはこれ以上触れまい。

 

では、戦後の居住関係登録制度はどの様に変わったのであろう。まず、タテマエから見るなら居住関係は地方自治上の問題であるとされ、中央集権的な考え方 が一掃された。旧住民登録法28条によれば、国は法務大臣を通じて必要な助言と勧告ができるだけであり、主体はあくまでも市町村であるとされた。つまり、 住民登録制度は本来、市町村が自治行政を布くにあたって住民の人口状況を把握し、住民の日常生活の利便のためにその居住関係を公証するために行う(旧住民 登録1条)固有事務にすぎず、住民票に記載されることが、個人のどのような権利義務関係発生させることも、居住関係(資本主義制度下における私的契約を安 全かつスムーズに行うためには、居住関係の公証は常に必要となる。住民の日常生活の利便とは、実にこのことである)以外のどのような事実関係(同じ理由 で、個人の同一性を確定する必要がある。このため、本籍との関係は、まず放棄されることはあるまい)を公証させられることもないはずであった。

わが国において、戦後初めて登場した地方自治の理念は、ここに自治の基礎資料を手にした、といってよい。もっとも、住民の福祉増進を目的として設けられ た地方自治体にとって、福祉の対象は市町村の区域内に住所を有する事実を持つすべての個人(正しくは、法人および自然人)であるわけだから、住民登録は対 象資料として十分ではない

ところが、この制度が、行政の要求(国民年金制度、国民健康保険制度、その他福祉政策上、住所地の確認のため住民票の提出を義務付けた)によって一般に 定着されるや、住民登録法は住民基本台帳法にバトンタッチされることとなる。住民票は、単に居住関係を公証し、人口状況を把握するものから、国家行政の合 理化に資するものへと脱皮するのである。

この改正によって、あらゆる福祉政策は住民登録を基礎資料として行われるようになった。そして、国民年金制度や国保制度、さらには選挙制度、米穀類の配 給など、従来個別の届出によって行われていた行政が一本化することによって住民票は権利義務関係を創設させる台帳となったのである。すなわち、住民登録が なければ選挙権はおろか保険を受ける資格も学校へ行く権利も否定されるに至った(正確には保険加入や就学手続きに際して住民登録が強制される)のである。

こうして、福祉政策を餌に住民の統一管理を推進しようとする政府に対し、野党はただ、この台帳が徴兵台帳に利用されないようチェックしたにすぎない。その結果、住民基本台帳法制定にあたって地方自治の本旨を尊重して運用するよう(S42615参議院地方行政委員会付帯決議3)という、もう既に影も形も失ってしまっている通りいっぺんの決議を添えたにすぎなかった。

この間、住民票は戸籍附票制度によって戸籍と一体化され、電算の導入によって即時化され、その他の福祉資料をのみ込んで情報を肥大化されている。登録か ら管理へ、国家行政の合理化ますますエスカレートし、国民総背番号制を準備する。また保健所の資料との結合は保安処分へと。犯罪者名簿との結合や、警察の 実態調査、自動車免許証登録台帳や指紋その他の資料との結合は警察国家へと。権力の野望は果てしない。

戦争反対やプライバシー保護だけの戦いが、いかに貧弱なものであるかが、住民登録の歴史の中からもまた知ることができる。

ちなみに諸外国において居住関係登録制度を持っている国は治安警察色の強い法制度を持つドイツ、イタリア、オランダ(ただしドイツは州政府の管理。国家 によるアクセスは許されていない)ぐらいである。居住関係の交渉が目的でなく、おおむね、プライバシーは擁護されている。

 

以上が居住関係登録制度の戦後のタテマエ逸脱史であったとすれば、これから述べる記載上の差別という今回の戦いに直接かかわる、身分関係登録の問題はタテマエのハナからの放棄であったといえる。

われわれは、以下において現実の生活実態からの制度批判を軸とし、法制史と離れながら、この問題に迫ってみたい。それは歴史の変わらざる部分でもある。

まずは住民票の実情(今日の事実)を説明しておく。今日の住民票は世帯主を中心とし、世帯をもって世帯員は住民基本台帳法7条によって、その世帯主との続柄が記載される。

新生児の場合、原則として出生の届けは戸籍の届けをもって住民票の届けに変える。したがって、戸籍法施行規則付録際11号の出生の届書式は、住民票の届けをも満足する。出生届書の住所欄は、このために設けられていると考えて差し支えない。

問題なのは、この世帯主との続柄欄なのだが、もし新生児が嫡出でない子であった場合、この欄への記載は「子」である。また、嫡出子の場合には「長男、長女、ニ男、二女……」となる。そしてこの届出は、そのまま住民票上の記載となるのである。

さらに注意を要するのは、嫡出子の続柄はあくまでも世帯主との続柄であって、夫婦とのではない。すなわち、夫婦中心格列呼称ではなく、戸主中心格列呼称なのである。

この嫡出性を明らかにしようとする差別記載が何故に子のような格列呼称を採用したのか。この問題の中に今回の闘いのすべての問題が隠されている。

 

先の戸籍簿中の続柄欄の説明において、格列呼称が一種の差別記載であって、それ自体は必ずしも差別を目的とするものではないが、間接的に嫡出子と非嫡出子との区別を目的に(それが差別なのだが)今日もなお維持されているものであること示した。

住民票の記載においても、これと同じ精神が貫かれいることは、昭和42年10月の法務省自治省通達(住民基本台帳事務処理要領について)を一瞥すれば明 らかである。これが居住関係の記載ではなく、身分関係の記載であることは、この通達が自ら明らかにしているところであるが、住民票が「ある程度、戸籍の代 替としても利用できるもの」であるという行政の思い上った判断が準拠法上違法行為であることは後述するとして、まずもって父母との、あるいは世帯主との続 柄を記載すべきものと前提してその内容を質してみよう。

42年の通達は「戸主」を「世帯主」と読み替えただけの、旧民法当時の続柄呼称と全く同じものである。したがって、われわれはこの呼称方を戸主中心格列 呼称と見なすことができる。この通達は住民基本台帳法下の取り扱い要領を定めたものであるが、実は旧住民登録下の取り扱い方式は、当初、戸主中心格列呼称 を採っていなかった。戸籍に準じた夫婦中心格列呼称が今日のような戸主中心格列呼称に変更されるには昭和35年に出された二つの通達(S3584民甲1965号S351111民甲2820号)が必要だった

第一の通達は、住民票上の続柄は生活実態に合わず(当たり前のことだ。夫婦中心格列呼称など現実に存在しうるはずがない)日常生活に不便をきたすから、 平常呼称(法務省の勝手な判断)たる戸主中心格列呼称を採用してもよい、というもの。しかし、この通達の背景には、住民票は戸籍とは違い、日常の便のため の居住関係を公証するにすぎないのだから、続柄呼称も戸籍に拠らず生活実態に合わせてもよいのではないか、とのニュアンスが含まれていた。ところが、第二 の通達は、日常の便といっても生活実態(ならば非嫡の子が格列から排除されることはなかった)の登録では決してなく、今や生活実態として不自然なく通用す るであろうと思われるところの戸主中心格列呼称を採用せよという強権的な通達だった。

権力はまったく一方的な身勝手さから、かつて「家制度」の強制とともに人民に押しつけた戸主中心嫡男主導型格列式続柄呼称を、いまや一般的生活実態を反 映した続柄呼称であると判断するに至ったのである。それどころか、この二通の通達、及び昭和42年の通達は戦後における「家」制度の復活を宣するもので あった。戸籍簿の「氏」の規定と住民票の「世帯主」中心主義は、家父長制温存の新しい隠れ場として現実に機能し、これらと縁の薄い新しい世代をも「家制 度」へと引きずり込むイデオロギーとして現存している。住民票は、かつての三代戸籍が持っていた大家族制度の様相を今日でも引き継いでいるのである。三代 戸籍が禁じられ戸主権が否定された戸籍に対し、身分関係上のいかなる規制もない住民登録は、家父長制を維持する一部の階級にとって格好の抜け穴だったとい うわけだ。

 

ところで、このようなイデオロギーに立脚した住民票の運用が続く限り、まさしく家父長制的大家族制度の最大の犠牲者に他ならない、いわゆる私生児に対する差別も見直されることは期待できない。第二の通達中の第3問は、たとえ実生活、実社会において実際に長男と呼ばれていようが非嫡出子である限り「子」と記載すべきであると断定している。日常生活の便のため戸籍の続柄と縁を切ったはずの住民票が、ここでは戸籍上の身分関係を固守している。

ところがこれを固守することで生ずる法手続き上のメリットは戸籍とは異なり皆無である。ばかりか、他のどのような日常生活上の便とも適合することはない のである。それではいったいこの差別は何のための、誰のための差別なのであろうか。思い当たるのはただ、イデオロギーを温存しようとする家父長制擁護勢力 の反動的な意図だけである。

実社会で現実に行われている(新聞報道などを含む)呼称方式は、非嫡の子や、父母の一方を異にする子を含めて、世帯主に対して一括して男女別に格列を付 す、というもの(わずかながら男女を通して格列する慣習を持つ者も見受けられる)である。この性別主導型格列呼称は、地方自治の本旨ということを重んずる とすれば、現在の嫡男主導型格列呼称に代わる住民票上の続柄呼称たるべきであるといいうる。すなわち、それは実社会の便に供するも、権力的であってはなら ない、という意味からである。一方われわれはまた、格列式呼称も実生活上の差別を反映し、再生産する呼称である点を見落とせない。また続柄の概念から言っ ても格列式は変である。公簿はむやみに差別を保護すべきではない、という観点から見るならば、すべての子の続柄は「子」あるいは「男子」「女子」に統一さ れるべきである。

次ぎにわれわれは、この差別記載がどのような法令に準拠しているのかを見ていくことにしよう。住民基本台帳法第7条(同旧住民登録法4条)の世帯主との続柄の記載規定は、例によってその内容を定めていない。呼称方式の確定は行政の政令に下駄を預けた格好なのである。したがってこの続柄呼称に戸籍上の呼称を当てなければならない理由もない。

この点、身分関係の形成、公証を人倫的に決することを旨とする戸籍法が準拠する民法と、居住関係の実態と公証を、住民自治および団体自治を円滑に処理す るための資料とすることを旨とする旧住民基本台帳が準拠する地方自治法とはそのよって立つ法理念を全く異にする。住民票の続柄呼称を戸籍と切り離し、これ に戸主中心格列呼称を導入した前出の第一の通達は、ある意味で自治の理念を正しく反映した、といってよい。だが、そのまた一方で戸主中心格列呼称という反 動的呼称方式を強制した第二の通達は、自治の資料としての住民票の役割を逸脱し、身分関係を実体的な場において統一的、一方的、差別的に決するという、地 方自治の本旨とはおよそかけ離れたものとなったといってよい。

さらに現行の事務処理要領(42104民甲2671号自治振150号 通達)は、二つの通達を受けて戸主中心格列呼称の採用を高らかに歌い、非嫡の別を確固不動のものとして明文化している。住民票の記載は「ある程度、戸籍の 代替としても利用できるものであるので『世帯主との続柄』については、具体的に表示することが必要である」という勝ち誇った通達のばかさ加減と犯罪性は、 今やだれの目にも明らかとなる。

なぜなら、戸籍上の呼称を捨て去るに至った住民票の続柄は、今や全く戸籍の代替として利用することはできない。唯一、何らかの利用に供されるものがある とすれば、これは嫡出子と非嫡出子とを見分ける便利さだけである。ところが、この区別によって自治行政が益するものは皆無であって、児童保護法、母子健康 法などのすべての社会福祉制度はむしろ、このような差別区分を基礎に行われてはならないものなのである。

よしんば、何らかの福祉政策が取られるとしても、例えば身障者手帳の受給権者を住民票に記載することは許されるものではない。住民票上の非嫡出子の差別 記載は「具体的に表示することが必要である」どころか、個人の秘密を侵す恐れがあるという理由で、住民基本台帳施行令第2条の理念と対立し、身分関係を公 証するものではない、という理由で住民基本台帳法第1条に違反し、地方自治の本旨をかなぐり捨てているという理由で42年の参議院付帯決議に反している。それはまた、地方自治法132項の逸脱でもある。

住民票の非嫡出子に対する差別記載は、どのような法令にも準拠していない。行政権力のまったくの独走から生まれた犯罪的な記載方式である(この点は旧住民登録法下の住民票についてもまったく同様である)。

 

一般に、住民登録が任務とする居住関係とは「住民の住所、住所の異動その他住所に関する事項、世帯等住所に関係ある生活関係のほか、住民個人の同一性を明らかにする氏名、生年月日、男女別、戸籍の表示等を含む」(『住民基本台帳解説』遠藤文夫・第一法規出版 S421110 ) ものとされている。台帳法1条の居住関係の公証とはこのこと指しているのだが、問題は“世帯等住所に関係ある生活関係”が本当に居住関係に当たるのだろう かという点である。さらに、これが台帳法7条4の“世帯主”と“続柄”の記載を義務づける裏づけといえるのだろうという点である。

もし、これが是認されるとすれば“世帯主”も“続柄”も正しく“住所に関係ある生活関係”でなければならない。すなわち、住所と遊離した身分関係は一切含んではならないはずである。

また、もし台帳法7条が1条総則の規制を受けていないとするなら“世帯主”や“続柄”の規定は世帯における成員を単に確定する記号以上の役割を、この記載に与えてはならないはずである。

非嫡出子に対する差別記載が、このどちらをも満足しないこというまでもない。さらにわれわれは、ここから他の一般の“続柄”や“世帯主”という呼称その ものさえ、この両者を満足していないことに気づくであろう。続柄が、たとえ特定の住所(共同建造物)内における生活関係を表示するよう改められてみても、 それが世帯主との続柄である以上身分関係であることを止めないし、それが戸主中心格列呼称に一本化されたとあらばなおさら“住所”に関係ある生活関係では ない。

さらに“世帯”には単一の“世帯主”が存在するとすることさえ疑問である。これが単に他の世帯からその世帯を区分確定する索引としての役割を意味するの であればともかく、これに“主”の字を当て、「主として世帯の生計を維持する者であって、その世帯を代表する者として社会通念上妥当と認められる者(世帯 を主宰するもの)」(事務処理要領S42.10.4 前出通達)と定義されれば、これはもう“住所”とは無縁な経済関係(生計維持)や身分関係(社会通念)の生活関係への強制的導入にほかならない。

これは法的権利を失った事実上の戸主である。世帯主の認定基準(『住民基本台帳法解説』p80)は、こうした家父長的イデオロギーの残滓に支えられている。これによれば当然“主婦”は“奥さん”であっても“世帯主”とはなれないのである。それはマヤカシの“主”婦である。

台帳法74が指す世帯主の規定によって、住民票の“世帯”は現実的生活空間であることを止め、抽象的家族関係となった。「家制度」ミニ版の登場である。

 

世帯主でさえそう(旧住民票時代も同じ)なのだから世帯主との続柄を強要される世帯員はなおさらのことである。それはもう身分関係の規定以外のなにものでもない。

すでに気づかれたと思うが、住民票への戸主中心格列呼称は少しでも生活実態に近づけようとして導入されたものではない。法律屋は“世帯主”との関係とい う技術的側面に振り回されたと弁解もできよう。しかし政治屋の意図は、これによって家父長制度を温存し、世界を通して人民を管理しようと謀ったのであっ た。

住民基本台帳事務処理要領はさらに世帯の記入順序(序列)さえ定めている(2・1・1・ア)。この序列は若干夫婦中心に変わっているもの、その根本にある序列意識は大正3年戸籍法19条記入順序規定(同戸列次の原則)と同じものである。

新憲法下において初めて登場した自治思想に基づいて全く新しく出発することをタテマエとしていた住民登録が、一体なぜ、このような家制度復活の格好の足場になってしまったのだろうか。

答えは一つである。行政権力は敗戦によって死滅しはしなかったのである。立法もまた断絶してはいない。旧住民登録法は外見上、前身制度を持ってはいな い。しかし同施行はこれを寄留手続令の改正(附則5)ととらえ、事実、寄留簿は住民登録開始後一年間、現実に住民登録の代用として生きていたのである(附 則6,7)。

ところが、この寄留制度こそ「家」制度のイデオロギー的反映の居住関係への持ち込みであり、実体的建造物の中へ逆移入された抽象的身分関係そのものだったのである。

「家」を「世帯」に、「戸主」を「世帯主」に。この平行移動は続柄の記載方式をも決定した。戸主中心格列呼称はここに復活するのである。

 

住民票は個人を単位とし、世帯ごとに編成(基本台帳法6条)される。これは行政の多くが個人単位であることや事務処理の機械化に能率的という理由で、世帯を単位として(旧 住登法3条)作成すべしという旧住民票の扱いかたを改正したものである。

しかしなお、ここに「家」の残滓たる世帯への執着が見られる。個人の尊厳への認識に立ち遅れ、旧弊な家族制度にその国家基盤を据えている後発資本主義国 の典型として(ドイツ、イタリアのように)居住関係登録があるかぎり家族共同体の五人組み制度的人民管理方式はやむを得ないことなのだろうか。

われわれは住民基本台帳の世帯に対する考え方に疑問を呈する。差別記載はもとより、台帳法7条4の規定も、すでにして住民基本台帳の本旨に基づかぬばか りでなく、地方自治の本旨にももとる(これらのことはすべて旧住民登録法にも妥当する。そうであればこそ42年の附帯決議はばかげているのだ)ものといえ る。居住関係の登録は、本来個人票による登録で足りるはずである。個人同士の関係について、居住関係の公証簿が何らかの記載をしなければならぬ理由はまっ たくない。世帯はファシズムの根でしかない。

もしも、住民票が、これら台帳の本旨を超えた目的をもって扱われているとするならば、 われわれは法自体を否定しなければならない。たとえば非嫡の子を 差別することで、なんらかの社会道徳を維持させようとか、これを公開にすることで、この子と個人的契約を結んだ相手になにがしかの有意情報を提供しよう、 とかの狙いがあったりしたらである。

われわれはすでに全国統一的管理の必要性の名のもとに、住民登録が現実的には国家の手に渡ったことを知っている。旧住民登録法にはなかった「国」という文字が基本台帳法の総則に登場してきているのは、この事情を象徴する。

そしてこの国家は、続柄呼称の助言、勧告を通じて家父長制の防衛に狂奔しているのである。地方自治どころか、家庭内自治をも侵そうとしているこの事実に 対し、地方自治法は常に無力である。中央自治省自体、国家権力の申し子であるからだが、われわれはいつまでも犯される側であり続けるわけにはいかないので ある。

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     第        章

 

続柄呼称における差別記載は、住民票の場合、単にそれに内在する犯罪性というだけではなかった。問題は身分関係のイデオロギーそのものと、それを表示する記載構造(世帯ごとに編成する、のたぐい)のうちにも存在する。

このことはまた、身分関係の登録を旨とする戸籍にも、より鮮明な姿を持って妥当する。戸籍においては、単にその抽象化したレッテルであるにすぎない呼称 上の平等を要求するだけでは非嫡出氏差別さえ少しも解決しない。戸籍の(父母との続柄欄中の)差別記載も、実は戸籍そのもの内に潜むより深い犯罪性の表面 的現象にすぎないのである。この犯罪性を暴くためには戸籍制度そのものヘとメスを入れていかなければならない。

嫡出子と非嫡出子の差別呼称と対応して、戸籍簿は父母欄にも記載事項の差別を行っていることは先に(p9)示した。父欄が存在する以上、父が社会的に認め られていない子(父の認知を受けない嫡出でない子)については、この欄を空欄とするほかないわけであるが、父の認知を受けた嫡出でない子と嫡出の子との間 に記載事項の差別をすること許しがたいことである。

現行の戸籍取り扱い上のイデオロギーからすれば、民法750条の夫婦同氏の原則を父母欄にも拡張することは少しも不自然なことではないらしい。したがって氏を同じくする父母(婚姻中の父母)には氏を異にする父母(離婚した父母または父の認知はあるが婚姻していない父母)と同様に父母の氏名を示す必要はないらしい。

ところが、この同じイデオロギーが今度は氏を同じくしながら父母共に氏名を記している場合がある。夫婦養子 でありながらその夫婦が離婚した場合がそれ である。したがって、少なくともなにを「同氏」と考えるか、という現行の「家=氏」イデオロギーをもってすれば、氏を同じくする父母だから父母欄中の氏の 記載は一方だけでよい(実際には父名にだけ氏が冠される)とする理屈は成り立たない。

とすれば、婚姻こそこの差別表示の原因であるわけだが、父母の法的効果の異動が、こ子に対する父母の呼称を変更しなければならない理由はひとつもない。こうしてみると、この記載上の差別は嫡出子と、いわゆる庶子と、あるいは婚姻外の子との差別のための差別である。

また、婚姻中の父母の嫡出子の父母欄中において、母の氏を記さないことは、妻の夫への従属を表現し、子に対する父の支配権の優位を示す間接的な手段ともみられる。

実際、父母の離婚によって生じる法的効果の異動は、未成年の子である場合、その身分事項欄において知れるのであるし、婚姻等によって籍を異にした子については、いちいち父母欄の修正をしていないのであるから、無意味な取り扱い上の差別はやめるべきである。

母欄にも氏を冠記すること、それが父母の子に対する平等の地位を保証し,婚姻外の子をむやみに差別することをやめさせる。婚姻し子を持つすべての女は、 母欄中のこの差別告発すべきである。わが国の法習慣によれば、名だけの記載しかない人間の人格は否定されている。夫に所有されている妻=母は、いまだに 氏=人格(=「家」の所属成員の証であることは問題であるであるが)を持てないでいるのだ。

 

ところで、わが国の法制度にあたっては母子関係を決するのは出産という生物学的事実である。そしてこれを出産に立ち会った医師等 が証明する。しかし、父子関係については必ずしもそうではなく、嫡出子推定(民法772条)や認知(民法779条)という法律効果によって生ずる。とはいえそれは生物学的事実の上に建てられているものであるから、社会学的事実を法的に認めているわけではない。

まず父親は一人であるとするのは生物学的事実である。嫡出子推定や認知は訴訟によって破ることができた、その根拠となるのもまた生物学的事実である。と はいえ、それはまた純然たる生物学的事実でもない。というのも、夫婦がその子を嫡出であると認めたり、父が子であると認め、周囲もこれを黙認した場合、後 にそれと異なった事実が判明したとしても、一度形成された父子関係はも破られなく(民法777782787条)なったり、民法772条1項で嫡出子推定を受けた子に対する嫡出性を否認できるのは夫=推定を受けた父だけ(これは明らかに女性差別の表れであるとともに嫡出性がだれのためにあるのかを端的に示す証左である)であるとされているからである。

これら父子関係に対する制限規定では生物学的事実よりも婚姻関係を重視、未婚の母と子を保護しているかに見える。ところが実はそうではなく、男の側の相続者確保こそ婚姻制度と認知制度の本当の狙いであることが生物学的事実に対する制限から透けて見える。

これによれば、夫は妻の不貞を否認の訴えによって告発しうるし、自らの不貞を婚姻外の子の認知によって宣言することもできる。ところが妻は夫の不貞を告 発し得ないばかりでなく、婚姻外性交 によってできた子の真の父を宣することもできなければ、その実の父からの宣言もまた禁ぜられるのである。つまり、す べては夫の意のままである。

婚姻絶対性のイデオロギーは、そのイデオロギーの本質によって夫に嫡出性の否認権を残し、自らを矛盾の中にさらすのである。生物学的事実と社会学的事実の混交こそこの矛盾を隠蔽する隠れミノであった。そして私生児差別もまた、そのいけにえの一現象であった。

 

話が横道にそれたついでに付言しておけば、婚姻中にある妻が、自らの子を夫以外の男の子であるとして届られるのは(もちろん男を確定はできない)民法 772条2項の推定外の子でありながら実際には嫡出の子として扱われている婚姻成立後200日以内に生まれた子に対してだけである(S26,6.27民甲1332号回答)。

前出(P5)の出生届書に嫡出、非嫡出の別を記載させる欄があるのも、実はこの点においてのみ本来の意味を持つ。

しかし、この規定もまた女の権利を認めるものではない。この200日 とは男の許婚者(女)が懐妊したことを客観的に保証され、晴れて妻として迎えることを許された男が、それから届け出をしても、その婚姻が家の正嫡の子を確 保できるように配慮された目いっぱいの日数なのである。すなわち家父長制下における婚姻形態の一つである日本型の足入れ婚に保護を与えようとするものであ る。

さらに772条は嫡出を要求する男の側の都合に沿ったものであるため、女はこの嫡出推定に矛盾する子を産んではならない。民法733条における女の待婚期間の規定はそのために設けられた制度なのである。

ここに至って、父子関係確定の要求は社会学的事実によって生物学的事実を抑圧する挙に出た。それが社会実態にいかにそぐわないものでであろうとも、である。

同様に認知は本来的に財産関係上の父子関係であって、いささかも社会実態を踏まえていない。いや、女の側からの認知の訴訟が可能となった今日でこそそう であるが、かつては「家」を継がせる手段として妾制度の下で発達。「家」を名目にすれば社会実態をも変えて、母親の手から父の許へと子を連れ去る行為の保 証でもあったのだ。したがって庶子は本来一人おれば足り、長幼の順はどうでもよい。

認知は遺産相続以外には本来なんの意味をも持たない行為であり、社会実態とは無縁の行為である。相続財産を持たぬ者が、女のため、子のためと称して認知するのは本末転倒の行為である。

父子関係については社会実態こそがすべてであるのが本当ではあるまいか。庶子も私生子も制度上の思惑(財産上の計算)によって振り回されている。

 

以上のように、純然たる生物学的な事実に根ざしているわけでもないのに父子関係はあくまでも血縁を求めて生物学的関係に擬態している。しかもこの擬態は一夫一婦制度と、これを取り巻く妾制度を軸として行われており、婚姻の尊重など、その付属物にすぎない。

ましてや父子の実態的な親子関係など、父子の血縁関係の前で色褪せて、見る影もない。

要はタテマエ上の血縁関係が社会的に承認されればよいのである。また、そのためにタテマエは実態的親子関係はもちろん、タテマエを踏まぬ父子関係を否定し去らねばならない。

いわゆる妻の連れ子は夫がいかに実態的な親子関係を築こうと父にはなれない。これがかの婚姻尊重というイデオロギーの正体なのだ。

お隣の中国には撫育認知という制度がある。これは実態的な親子関係を父子関係として社会的に承認する制度である。また革命直後のソ連では二人の男が一人 の子に対して共同の父親たることを訴え、政府もこれを承認したという例もある。これらはみな、生物学的事実という、それ自体曖昧であり、また無意味でもあ る規定を捨て、生活実態を社会的事実として確認したものといえよう。文化人類学もまた、あらゆる社会が父子関係を社会学的に決していることを発見してい る。日本の制度も同様である。

しかし、日本の場合、それが生物学的関係に擬態しながら生活実態と限りなく遊離し、法効果だけの関係になっている。そしてこの擬態が生活実態をも脅かしている。こんなことになったのはもちろん、明治以降のことである。

養子は実子ではないので、実子にはなれない。日本における養親子関係とは遺産相続上

の制度であって、子の養育とは無縁な制度である。自己の財産を脅かす子は離縁してしまわなければならない。

したがって戸籍は実子と養子とを厳密に区別して記載する(赤ちゃん斡旋事件で論議を呼んだ菊田医師の「戸籍法が改正されない限り、子捨てや子殺しの不幸は今後も増えていく」の発言もこうしたことに裏打ちされている)。

一間、法精神で検討されている“特別養子制度”は子の関係を破るもの、として注目されるが“うそを戸籍に”が問題になっているのはばかばかしい限りであ る。戸籍はもともとホントのことを記載するものではないのである。一番の問題は、この制度が採用された場合、これまでの養子制度がなぜ必要とされるのか、 その正体が明らかになる可能性があるということだろう。これを恐れる人もいるはずだ。

 

だいぶ横道にそれたが、こうした問題はすべて戸籍の父母欄にも関係することである。父母欄の横には養子の場合養父母の名が併記されるが、これは身分事項 欄によって明らかであるから必要はない。さらに、現在の実態としての父母を重視するなら、父母欄に養父母の名を記したところで実害はない。実父母の存在は 身分事項欄から推定しうるし、過去の戸籍簿に当たることでその氏名を知ることも可能である。

同様に父母欄は必ずしも生物学的事実によって記される必要はない。夫は妻の連れ子の父親になってもかまわないし、父親代わりは必ずしも夫でなくともよい。さらには母子関係でさえ自明である必要はないのである。

これらはみな可能性の域を出ないが、少なくともこの欄の存在を不可欠と見做し、その上で内容について社会的な規制を加えるなら、これは子の立場に立った 規制でなくてはならない。現行の記載上の差別はこれとはまったく反対に、親側の、それも子の私的所有の確保上の都合によって規制されている。これは誰もが 否定できない事実である。

この欄がこのような性格のものとして存在しているのであれば、関連する諸個人の身分事項によって実父母の確認は可能なのであるから、父母欄を削除してしまうことも不可能ではない。たかだか、民事上、行政上、支配し管理する側の不便をきたすだけである。

戸籍法134は実父母の氏名の記載を義務づけているが、嫡出子と庶子とを区別せよとは謳っていない。それどころか“実父母の氏名”であって“実父の氏名と実母の名”ではない。現行の記載方も実は明治31年式戸籍からの遺制であり、行政権力はこの家父長制の異制に何の反省もなく、単にこれを踏襲した。恐るべき怠慢であるとともに、庶子の名を排した民法が泣くというものである。

さらに付記すれば、壬申戸籍には父母欄は存在しなかったし、明治19年式戸籍には大部分、母の記載はなかった。これらは個人の人格が完全に戸主に従属していたことの表現でもあるが、父母欄の存在は決して普遍的なものではなく、その社会が要求する必要を満たすものとしてのみ記されるのだということの一例にはなる。

現行の父母欄もまた同じである。

次に身分事項欄あるが、ここに記載される一行一行の事項は、その個人の法的身分の変動を表す。出生、死亡等の自然的事実から、婚姻、養子縁組、認知等の法的権利義務を派生する相互契約および片務契約、親権や後見等、人格の制限に関する補助者の取り決めなどがそれである。

これらは一般に、資本主義的制度下における市民的権利(私的契約)を円滑に遂行できるよう公開されるべき性質のものであると考えられている。しかし、市 民的権利の問題をより厳密に考えれば、一般の日常生活において執り行われる私的契約において証明を必要とするものは婚姻証明(重婚の防止以上に最近では各 種の手当てや税制の優遇措置上の証明として必要とされることが増えてきた)や後見等補助者の不在、すなわち完全な人格として法的契約を行う能力の証明(禁 治産者、準禁治産者、破産者に対して戸籍を有する役所は戸籍簿とは別に身分証明書というものを発給している。これは戸籍簿の証明内容を包摂しており、しか も戸籍として公開するには問題のあるものと考えられている。したがって厳密にはこれも戸籍が証明しなければならない事項とはいい難い)である。

それ以外の証明ついては遺産相続など特殊な場面で要求されるだけであり、客観性は必要であっても常時公開される便を確保する性質のものではない。

すなわち一定の時点で法的身分の変動があったことを客観的に記録(欧米の身分登録およびわが国における明治19年の登記目録とはこれをである)しさえす れば、常時その事実が公表されている必要はない。個人の尊厳は、その個人が他の人間とどのような親子関係を持ってしようとそれによって変質するものではな い。法的身分の変動が私的契約に影響を与えるとすれば、この私的契約自体が真に個人の尊厳の上に立った市民的権利の中で行われた契約ではなく、家柄、格式 等によって契約内容を担保しようとする血縁地縁社会の契約であるにすぎない。市民社会の市民法は、これらの契約の安全性を保証し、円滑性を保護する必要を 持たない。

昭和40年の身分事項欄記載方の改正によって、出生地は最小行政単位まで、丁町名番地等出生の地点を記載することを廃止した。従来の記載は、いわゆる部 落出身者を間接的に証明することで、戸籍が差別者の反市民社会的な日常生活(部落出身者とは結婚しない等)の円滑性を保証していたのだ。

では今日ではどうか。結婚に際して、相手の家柄を戸籍によって調べようとする習慣はなぜ残っており、またなぜそれが役に立つのか。雇用者は何のために戸 籍を提出させるのか。本来それらはみな、個人の同一性を確認すれば足りる性質のものである。ところが戸籍は、それ以上のことを証するのだ。

 

人はよく“戸籍が汚れる”ということをいう。何をもって汚れるとし、汚れるとは何なのか。それを問うことはここでは必要ではあるまい。それはつねに現実 の戸籍記載とは無縁なものにまで拡大されて一般に通用している。それは一つの観念であり、社会道徳の基準として現実に人の生活を律する機能を果たしてい る。“悪いことすると戸籍に乗る”というのがそれである。

しかも権力は、戸籍の本来の役割こえて派生したこのイデオロギーを存分に利用し、また煽っているふしさえ見える。

離婚の事実は転籍等戸籍変動があれば現戸籍の記載からは一切消えてしまう。しかし、子を同籍すればそれはすぐに知れる。離婚の事実を消すこと(この希望 は離婚者にきわめて多い)がどれほど問題なのか今は問わない。しかし子があればこの努力も徒労に終わる。これをもって人は“戸籍が汚れる”と称して、戸籍 のために離婚をあきらめる者さえいる始末だ。

戸籍は身分関係の異動を通じて人間の一生を管理するものとしてある。現戸籍という一般に流通する戸籍のみを考えた場合には、必ずしもこうした生涯管理を 伴うものではない。それは、先の離婚の記載が消えてしまうことでもわかるように、まさしく現在効果を持っている法的身分的関係を記載するものである。しか も、これもその個人の持つ法的身分関係のすべてではない。なぜならわが国の親族共同体的意識は、夫婦、親子といった一戸籍面上に記載しうる個人の範囲を超 えて、互いの権利義務を課しているからである。

とすれば、現時点の一戸籍面上で明らかにしようとしているのものは何なのか。それは当然、この社会が最も重要と考えている個人の身分事項にほかならない。

戸籍法施行規則39条はこの内容を指示している。つまり、ここに掲げられた身分事項については、その法的効果が継続している限り、たとえ戸籍に異動があっても新しい戸籍に移記しなければならないものなのである。

これによれば認知に関する事項は生涯管理されることとなって(ただし子の側についてだけであり、父の側は移記を必要としない。子には父母欄があり、何ら かの法的身分関係を持つ父の存在は常に推定可能なのだから、相続の安全を図るならむしろ逆であるべきだろう。ここにも男を優先し子を無視する思想が流れて いる)いる。先に父母欄の庶子差別は全く必要ないと書いたのも、実にこの点があればこそなのである。

しかし、これらは本当に生涯管理される必要あるものなのであろうか。ここに“戸籍を汚”させる第一のイデオロギーが顔を出す。

 

ひとりの子が私生児だとか庶子だとか養子だとかという事実を戸籍が常に公証する必要はどこにあるのだろうか。親との関係において法的効果が異なるからだ というかもしれない。ではなぜ法的効果の差異を第三者が知る必要があるのだろうか。それは遺産の相続権者であることを含め、その個人を取り巻く諸関係を知 ることよってその個人の財産上の身分を確認し、通常の契約の安全を保障するからだ。この反論は全く正しい。思い切りの皮肉を込めて言えば、自己財産の安全 な運用のため、資産家は常に最善の警戒態勢をとる。情報は多いに越したことはない。

彼らにとって私生児だとか庶子だとか養子だとかは、まさしくその個人の安全度の違いを持っている。財産権が戸主だけに認められていた時代には、戸主との 距離だけがその子の経済上の身分、すなわち契約上の安全を保障した。認知事項や養子縁組事項が、子の身分事項欄に限って一されるのも、その距離を示すこと で自己の経済上の身分、契約上の資格を契約の相手たる第三者に誇示する権利として定められたものだったのである。したがって距離の対象たる父は、それにふ さわしい資格を持っていなければ意味はない。

「家制度」は養子制度と妾=認知制度に支えられていたといわれる。しかし、この場合の家とは、それなりに名を成している資産家の家、妾を抱え、門を構えたブルジョワジー社会の家であり、人民大衆とは縁もゆかりもない制度だったのである。

ところが下層中産階級は、この距離をブルジョア社会への羨望として、財産上の内実を伴わないイデオロギーとしてのみ取り入れる。その時、父とのこの距離は安全上の尺度から道徳上の評価にすり替わる。“戸籍が汚れる”など、せいぜいこの範疇での空騒ぎなのである。

われわれはこの空騒ぎのために権利条項から差別条項になった前述の移記を温存させるわけにはいかない。さらには私的契約に身分上の保障を取り付ける家父 長制下における商習慣を、私権の上に立った自立的個人の自由契約という市民社会の原則を否定したところの遺制にすぎない、とみなす。市民社会においては自 由なる個人こそが契約の保証であり対象なのである。保証人制度が定着した今日、戸籍が血縁関係上の保障を与える必要は全くない。“華麗なる一族”の身分を 保障するため、イデオロギーと化した道徳的差別の目に子を晒すべきではない。

戸籍法施行規則39条は日常生活上不要な記載を移記させることで差別を強要している。同様に、同規則35条も、今日では唯一、相続上の必要、重婚、重認知、重養子縁組防止上必要とされるだけの記載である以上、異動の際常に消滅する記載事項たるべきで、公証の対象たるべきではない。これをあえて生涯管理しようとするならば、これは憲法14条違反である。

 

個人の尊厳は、その人間の過去にも、現在を取り巻く身分上の諸関係にも依存しない。欧米の身分登録制度とは、まさしくこの種の制度であるということがで きる。それはあらゆる身分関係の異動を一回限りの事実としてのみ記録する。現在効力を有する身分関係ですら、いつ、どこで登録したかを知らない限り、登録 の証明はとれない。つまり当事者の記憶に頼るほかなく、当事者が必要とする場合以外、だれもその個人の身分を知ることができない。

ところが、個人の籍による特定というわが国の制度(人別帳以来の)に、それ自体、差別を生み出しやすい欧米の身分登録を合体させ、それを時間的に把握し ようとしたことが今日の戸籍の身分事項となっているのである。そしてこれは、ご覧のとおり、管理的かつ差別的な記載技術に結晶した。

確かに、過去の戸籍にさかのぼることのできるわが国の戸籍は、相続者の客観的確定や、創設的身分関係の重複を防止する点に関しては世界一優れた登録制度 であるということができる。しかしそれは、他の手段でも可能であるし、それ以上にそのこと自体、裏を返せば家父長制的意識の残存と、権力的人民管理体制の 表現でしかない。

たとえば前者については過去の戸籍にさかのぼれるという特性を生かして、すべて身分関係をすぐ除籍とし、現戸籍への移記をやめ、さらに除籍の公開を制限し、本人と戸籍担当官、遺言執行者に限るだけでよい。

後者についていえば、遺産相続の遺留分など、一般的にはほとんど意味はない(一部の資産家の相続争いを除いて)のが現実であるし、遺留分の法定はあまり にも家族イデオロギーに振り回されすぎている。資本主義体制下における市民社会的自由という観点から見るならば、遺産の相続を遺言によって決する欧米の慣 習の方がはるかに一貫性を有していると結論できる。

さらに創設的身分関係の重複の防止など、法が事前に規制すること自体ばかげている。社会実態は決して法が期待するごとき形態に収まりはしないのである。 法は争いがあって後に登場すればよい。こう考えると、前者の技術的改革案の提示さえ愚かしく思われる。いったい戸籍制度とはだれのために存在するのか。こ の答えは簡単である。すなわち一握りの支配者のためのものなのだ。

この意味で、さきの改革案にはなお問題が残る。個人の尊厳は身分上の諸関係に依存すべきではない、とするから、何故に戸籍は家族(夫婦およびこれと氏を 同じくし、かつ婚姻または分籍を行っていない子)を一戸籍面上に統合して管理するのだろうか。ここに“戸籍を汚”させる第二のイデオロギーが露見される。

 

戸籍法6条は「一の夫婦及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する」と謳っている。この規定は民法上の権利義務関係を、いわゆる「家族」を単位 として記載する、という宣言であると同時に、「氏」を同じくする者の戸籍上の扱いの特別視を規定した条文である。この点だけでわれわれはこれが旧応急措置 法第3条に背反するものであると指摘しうる。けれども残念ながらこれがただちに現行民法1条2項、憲法24条2項に違反するものとは言い切れない。

しかしながら、“氏同じくする者”という規定の本質を見ていくならば、われわれは戸籍法6条が持つ違法性、反動性を指摘することができる。“氏”とは個人の尊厳とは相対立したイデオロギーにほかならないのである。

一般に個人の権利義務関係を、その個人の家族との結合状態によって決っしようとする考えは個人の法の下の平等、尊厳を脅かすものである。例えば、ある子 が私生子であるか庶子である養子であるか、さらには片親を失った子であるか連れ子であるか等々によって扱いを異にするとされるなら、これらは差別の社会的 現象形態として告発されなければならないものである。

ところが現実には子にとってのこれらの差異は、子は実母の手によって育てられることを理想とする近代イデオロギーの真っ直中で、子に対する、あるいはその子を育てている親に対する差別的告発として機能している。

下層中産階級の意識レベルにあっては、この差異こそ重要な道徳的評価の対象であり、家柄および身分の評価基準を成すものなのである。そしてこれは個人を 差別する一定の目安になっている。前述の婚姻調査や雇用者の戸籍謄本請求はまさにこのような機能を果たし、戸籍制度はこれに協力的な資料を提供する制度と して存在している。

子の人格は家族の保証によって、初めて一個の自立性を獲得するのであって個人そのものではない。このような実態的思考方法は、むしろ個人を「家族」の籍 において保証しようとする家族運命共同体=現代五人組み制度的イデオロギーを導入した戸籍制度の、現実社会への反映であるというのが正しい。

“氏”とは今日における「家」であり、「戸」「籍」である。戸籍法上民法上、氏の規定残っている限り「家」の思想は解体されない。わが国特有の一家心中などもすべて法的観念的単位としての「家族」が個人の尊厳を脅している結果として存在する。

憲法が保障する個人の尊厳は“氏の同一性”とか“家族の神聖性”とかの名のもとに個人を管理する発想とは相入れない。二代戸籍は三代戸籍と本質を同じくする。「家」イデオロギーは現行の戸籍法6条とともに解体されなければならない。戸籍は「戸」籍であってはならない。一人ひとりを記録する個人票であるべきである。

ここに至って戸籍面上における私生子差別をすべて解決する糸口を見出すことができる。われわれはその実現を要求する。

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    第   4   章

 

近年、急激に発達してきた言語心理学、言語社会学によれば、連続的な環境に対し不連続な分節を入れて、環境を合理化することが言語の最大の役割りである ことが明らかになってきている。これによれば、いわゆるレッテル化は、分節面によってその社会のありようを反映し、個々人の心理を決定するという。

さらに、分節面の両対は対立した関係に置かれ、両対の境界に位置する分節面そのものは、社会の秩序を乱すものとして抑圧される、という説もある。すなわ ち、人びとおよび環境世界の分断管理を旨とする言語権力体系にとって、たとえば女が女の権利を主張する限り、扱いやすい対象なのであり、真に脅威を感ずる のは男でも女でもないことを主張する部分なのであるというわけだ。

当面、こうした学説はどうでもよい。ここでわれわれは、嫡出子という命名が生んだ相対的表現たる嫡出でない子という法律用語が持つ犯罪性について考察しておく必要があると考える。

まず、民法770条の嫡出子の定義といわれている条項について言うならば、ここでは嫡出子という単語は表題にしか用いられておらず、いわゆるレッテル化という犯罪性は慎重に避けられている。したがって、正確にはわが国の現行法は嫡出子の定義を持っていない、ということがいえる。

ところがこの慎重さも、続く774条から790条 に至る条文の中であっけなく崩壊する。ここでは、定義のない嫡出子と嫡出でない子いう用語が自明の理として導入され、展開されている。われわれは、これを 単に、法文上の記述の合理化として認めてしまってはならない。こうした便宜主義は常に差異の差別化、機能の身分化を実態的に作りあげていくものとして社会 的に位置していることを見落としてならない。

 

例えば、私生子というレッテルは1942(昭和17)年に、庶子というレッテルは47(昭和22)年に廃止された。しかし、法効果としては今日でもなお、その扱いを異にしていることはこれまで見てきたとおりであり、嫡子、庶子、私生子の差別は依然存在する。

とはいえレッテルの消滅は社会形態にも一定の影響を与える。妾制度を社会存立の重要なファクターとした旧制度下の民法によれば、この三通りの身分が持つ 二つの分節面中、分節が強調されたのは庶子と私生子の間だったといえる。すなわち、父なし子か、父を持っているかであって、この限りで認知制度もまた重要 な身分確定制度であった。

とはいえ、私生子、庶子の用語が追放された今日、両者の区分はそれぞれ、“父の認知を受けない嫡出でない子”“父の認知を受けた嫡出でない子”と記すほ かなく、法律家の不便をきたしているが、単に法効果の違いをそのまま表現したこの区分方法は、それが特定の身分として固定されることを防ぐという意味で、 民主的に改良された法区分であるということができる。

ところが、嫡出でない子という身分は依然残されているのである。本来ならこれは、民法772条の慎重さを反映して、“婚姻による父の推定を受けない子” とするのが正しく、“婚姻による父の推定を受けている子”を「嫡出子」とするのは明らかに法機能の身分化である。これでは、私生子呼称、庶子呼称を廃した 新民法のせっかくの努力が無駄になる。分節言語にとって、“私生子・庶子”という積極的規定も“嫡出子でない子”という消極的規定も、その社会のイデオロ ギーを形成するにあたって、効力三に違いはあるものの機能としては変わりない。量の違いはあっても質の違いはないのである。

それゆえに、われわれも民法774条から790条に至る条文は身分規定、しかも出生に伴う差別規定である、と断定せざるを得ず、これを憲法14条違反と見なす。

また、これによって今日の社会的なイデオロギーは、主要な分節面を庶子/私生子間から嫡出子/庶子間に移したことを認めることができる。主要な対立は、 実態的にも嫡出子と非嫡出子の間、婚姻下の子と「未婚の母」の子との間に移行したと同時に、認知は相続上のタテマエとしては残りながらも、実体的なプロレ タリアート階級の日常にとって、ほとんどその意味を失うに至った。

さらに、主要分節面 の移行は、父を通して父方の家の成員権を確保するといういわゆる父系的な社会基盤が、婚姻の存否によってその社会への成員権を手に入れるという双系的なものへと変化したこと正しく表現する。

しかし、双系的なものへの移行は何か輝かしい時代の到来を約束するものでは決してない。もともと非嫡出子の差別を必要とする婚姻(一夫一婦制度)は、す でにして双系的な社会の登場を予告するものである。血縁から地縁へ、血族から親族への移行は、生産手段の社会化に対応する。ちょうど貨幣の退蔵から資本へ の転嫁に対応して、人の関心が相続から経営へと変化するとき、双系制は最も有利な人脈として登場する。

この事情は私権の独立にとって、生産手段を持たず、経営とも無縁なプロレタリア階級にとって、必ずしも同じではない。今日、プロレタリア階級が社会の成 員性を認められるのは、血縁や地縁ではない。警察はこのことをよくしている。職務質問によって最初に問われるのは祖先や出身地ではなく職業である。戸籍的 な現状はすでにプロレタリア階級の身分を公証する役割を失った。そこに残されているのは、双系的な家族紐帯によって有利な立場を手に入れることのできる階 級の欲する神聖家族のイデオロギーだけである。

この結果(家族の持つイデオロギー再生産機能、および自主的な相互監視による秩序維持機能についてはここでは述べない)婚姻はまた両性の結合以上の役割 を押しつけられる。もしも、人が常にその社会の成員として自立的な人格を保証される(現行の民法はイデオロギーとしてのみこれを保証し、強制する)ために は、某かの系譜を持たなければならないとするなら、この時から権利たる婚姻は義務に転ずる。ここに“婚姻なき者、人にあらず”といった婚姻神話、婚姻の絶 対性が発生する。

戦後の民法が、女性の権利の回復と称して行った改革とはせいぜいこの程度のことを指すのである。

 

われわれは先に、続柄呼称上、庶子が私生子と同等のレベルに後退し、父母欄においては離婚等で現在婚姻関係にない両親は庶子の両親と同等に扱われ、記載されていることを見てきた。これはいずれも婚姻関係を重視した結果、採られた扱いだといえよう。

婚姻の神聖視はたしかに両性の平等を一定程度実現したといえるが、反面、子への差別を強化してしまっている点を見逃すことはできない。これによって、 「未婚の母」に対する圧力が増大し、女性の幸福選択の道が狭められた。両性の平等はこうして再び、実質上の危機に直面している。

また、わが国の法制度は双系的な婚姻制度を通じて家族・親族イデオロギーを強化している。この点、欧米の発達した私権の価値と比べ、驚くべき反動性を抱えている。

なによりもまず親族の範囲を法律で定めている(民法725条) 国は皆無である。この規定はすぐ、相続権と扶養の義務に反映する。これによってわが国の政府は、子の養育の義務を家族に預けて逃走する。もちろん子の養育 に対して国家が政策的に介入(ソヴィエトにあっては、私生子の父はソヴィエト政府であるとされている)することを無節操に歓迎するものではない。しかし、 家族にタテマエ上にしろすべての養育義務を課すことは、国家の政策的な介入を許す、より効果的な口実ともなる。

たとえば、わが国の児童保護法は、子の養育義務の一端を国家もまた担うことを宣言するが、その実、家族イデオロギーの再生産に不都合な家族に対する、国 家の一方的な介入意思を宣言しているに過ぎない。国家はその家族の意思にか拘わりなく、措置という名で養育権を処断する。その際、親も子も一切の権利を失 う。

もちろん現場で携わる福祉指導員がすべて、この国家意思の体現者だとは言わない。しかし、こうした支配的なイデオロギーは突如、鮮明な形態を取って露出する。

1970(昭和45)年3月、堺市で発生した「未婚の母」K子さんの「子供を返して」訴訟に対する大阪地裁境支部の判決はその典型的なものである。判決文には「生まれる子にとって、いわゆる私生児という不幸な境遇になることが予測されるのに、K子が子供を産んだことから、K子は子供に対する愛情がない」(S47.3.31判決)とあり、子の父が勝手に他家に養子縁組させてしまった措置を正しい判断であると是認している。

私生児を生んではならないし、生んだ場合には国家が介入するのが当然とするこの思想は、私生児差別をいっそう強固にするものであるばかりではなく、個人の尊厳の全面否定に他ならない。

親族の規定はまた、存続殺人の規定を合憲とする最高裁のにわかには信じがたい判断を導き出す根源でもある。

 

次ぎに相続権の問題を考察したいが、その前に嫡子という言葉の史的背景について簡単に触れておこう。この言葉と相続権とは、切っても切れない間柄にある。

わが国において嫡子という言葉が登場したのは701年の大宝令によってである。

大化の改新によって国家形態を確立した大和朝廷は、班田収授法を執行するとともに、公地公民の制を定め、租庸調を課し、その台帳としての戸籍計帳を作成した。670年の庚午年籍はこの台帳の初の全国的な整備であった。氏姓制度はこれによって安定し、改新の理念の実現の道が開かれたのである。これが大宝律令であり、養老律令(718)である。

「嫡」の原字は女偏に「属(ただし旧字で、現在の漢字リストにはない)」である。嘱託、依嘱の「嘱」とおなじ旁(つくり)で、主体性を他者に預ける、委ねるという意味を持つ。つまり嫡とは主体性を他者()に委ねた女を意味する。これが妻(正妻)を指すのはいうまでもない。正妻を中国ではそのようなものと見なしていたわけである(妾という文字とは対照的である)

ここから嫡出子が正妻から生まれた子を意味することがわかるだろう。もっと正確に言うならば、夫に身を預けた女から生まれた子、ということになる。女性 差別の上に築かれた嫡出子という地位が、決して晴れがましいものではないことがよくわかるであろう。これに比べれば「私生子」のほうがはるかにすっきりし ている。

「嫡」はその後正妻に屋上屋をかける嫡妻などという言葉や、「嫡出子」を意味する「正嫡の子」などという言葉を生み出しながらも、歴史的には後継となる べき子、家を継ぐべき子として嫡子=嫡嗣=嫡男=総領という文脈の中で使われてきた。大宝令、養老令の嫡子も同様で、ここには今日の跡取り(長男)の意味しかない。これが正妻の産んだ子に拡大されたのは明治になってからのことである。

いずれにしてもここから、われわれはこの言葉が家父長的大家族制度の下、嫡男単独相続制の下で育ってきたことを知ることができる。それも農耕民族に課せられた相続上の限界から、人々がやむなく生み出してきた制度ではなく、権力者の氏姓制度上の身分保全(家督に近い思想)に必要だったからにすぎない(ちなみに中国ははるか昔から王の後継の子を「太子」、その他の兄弟を「庶子」と区別してきた)

というのも、班田収授一代限りなので相続は無意味であり、三世一身法もまだ存在しない時代に、すでに嫡子規定が導入されていたからであるこれに対して、 権力者はすでに相続可能な位田、功田、寺社田、奴婢などを所有していたのである。嫡子は庶民にとって無縁なものであった。事実、大宝令もまた、位階の所有 者に限って嫡子を立てることを許し、これを特権と考えた。

ところで、われわれにとっていっそう興味深いのは養老令である。養老令もまた嫡子代替の制を三位以上の位階者に限ったが、嫡子を立てることは庶民にも許 した。庶民には本来無意味なはずの嫡子を、である。なにやら今日のプロレタリアが競って嫡出をうんぬんする図に似ている。

さらに同令は嫡子と庶子(嫡子は一人であり、他の男子は正妻の子であれ妾の子であれすべてが庶子)の分割相続を認めており、その比を二対一としている。つまり、これを嫡出子と嫡出ニアラザル子に引き直せば、旧民法1004条の相続分の規定とまったくおなじなのである。そしてまた、新民法9004項とも、である。

 

ところで嫡出子と非嫡出子の相続比を2対1にする根拠はなにも存在しない。その家の成員としての資格から見て、庶子は二分の一の血の繋がりしかないからだ、と考えるのは血縁を双系にたどりながら、家を単系(父系)と考える矛盾した発想で、家=夫婦イデオロギーに冒された思考である。したがって旧民法の相続比は養老令の模写であると考えることができる(世界の民法の範であったナポレオン法典もまた21であった)

ところが人間の平等と、個人の尊厳を守るべき戦後の民法が、またしてもこの比率を踏襲してしまった。この9004項は新民法の最大の欠陥である。

人が夫婦であることから独立して、その尊厳を保障されているならば、その一方にとっては嫡出であろうが非嫡であろうが子は子である。まごうことなき実子 である。だから、たとえば嫡出の連れ子を伴ない再婚したものと、非嫡の連れ子を伴ない婚姻したものとは、その世帯にとって、あるいは配偶者にとって持つ意 味はおなじである。ところがこの婚姻下に嫡出の子ができた場合、その者の財産を相続させるにもかかわらず、前者では11、後者では12という差別が生じてしまう。さらにその者の財産は配偶者への遺留分を通じて、現婚姻下の嫡出子に還流する。

もっと典型的な例をあげよう。非嫡の子と、すでに離婚した配偶者との間の嫡出の子をともに育てているものにとって、この二人の子にどんな違いがあるというのか。しかし、その者の遺産は12に分割される。しかも嫡出の子は、元の配偶者からも有利な比率の相続分を要求できるのである。

新法のこの相続比規定には、家族の資産が妾の家に流出することから、婚姻下にある妻の座を守ろうとする意識が流れている。しかし、家族の資産などというものは(それを捨てれば、職業上の差別を負う妻の座が危うくなるのも実態的には認めざるを得ないが、これについては他の解決法がある)存在せず、夫の財産か、妻の財産か、あるいは分割可能な共有財産である。私権はこの財産の処分権を個人に委ねることを当然の原理にしている。

新法の規定は家=家族の旧習と夫婦=婚姻の神聖化の期待とに目くらまされて、家=夫婦イデオロギーの中に転落してしまったのである。その結果、嫡出でない子は不当な差別をこうむることとなった。これは、何人も法の下で平等であることを謳った憲法14条の重大な侵犯である。

 

われわれはこれまでずっと、相続上の法効果の違いというお題目の前で、戸籍法上の非嫡出子差別を考えてきた。ところがいまや、このお題目そのものが吹き 飛んでしまったのである。何の事はない。民法のこの差別条項さえ撤去されれば、七面倒な戸籍法上の取り扱い差別など、精密な批判をするまでもなく根拠を 失って消滅するほかはないのである。自立した試験にとって遺産とは本来、贈与に値するものである。相続権とはそもそもから『家』制度の遺制であって、存在 する根拠に乏しい。相続制度は家=夫婦イデオロギーの矛盾を隠蔽し、またそれを再生産するものであるといえよう。

弱き者の保護という名の下に新憲法下においても相続に介入した国家は、彼の保護を家族に押し付けて、彼の権利の主張を圧殺するという挙に出た。弱いもの同士が身を寄せ合って何とか自己処理していく家族、これこそが日本の美風の真相である。

1957年、徳島県の勝浦町に初の法人農家が誕生した。やがてこの形態は欧米の制度を採り入れ、全国に普及(1973年現在32.3)1967年には千葉県の光町に光町農業後継者育成条例が制定された。いわゆる、親子契約といわれるものである。

これは分割相続の対象財産であるべき土地を、生前の労働契約の対価として、後継者たる単独の子供に支払ってしまうというもの。民法900条の兄弟均分相続を事実上破ってしまうもので、ある種の抜け穴だといっていい。これが条例になったのだから民法の相続規定は私権に基づく契約によって、現実レベルから否定されたといっていい。

これ以前からも、弱き者の保護という民法のうたい文句は絵に画いた餅で、後継者を除き、他の子が泣き寝入りの相続放棄をさせられてきた現実があった。そ のような差別を許している相続規定よりは、この親子契約のほうがはるかに合理的だ。現実として嫡出子男単独相続制がやむを得ぬものなら、それはこのように 守るべきだ。

私的契約にもとづく親子関係のあり方に対して、町議会の保守派は『日本古来の家族の情というものが破壊される』と抵抗した。国税庁も、これに贈与並みの 税金をかける方向で検討を続けている。相続に対する税法上の優遇措置など、所詮このようなイデオロギー保護装置なのだ。そしてまた相続法そのものも、であ る。

ところで欧米には相続法がない。日本でもそうだが、遺言による相続は実は贈与である。

戸籍100年 を記念して法務省が編纂した『日本の戸籍制度』において、法務省民事局第二課長田代有嗣氏は、アメリカに相続法がないのは戸籍がないからだ、と自慢し、戸 籍のおかげで安全な相続ができる、としている。だが事実はこの逆で、私権が発達した国では家族イデオロギーが弱いため、人は相続を求めず、戸籍も必要とは されないのである。

 

所詮、家族絶対のイデオロギーなどその程度(光町の議会でも、先の条例が民法に抵触するから、という反対論は、深刻な後継者難の前で説得力を持たなかった)のものでしかない。しかしまた、イデオロギーは砂上の楼閣でもない。旧法の父系強調は農村の経営実態をそれなりに反映していたし、新法の双系強調(婚姻神話)は都市自由人(独立して営業をなす者)の経済実態をとりあえず反映していた。と同時に後者は、保守的イデオロギーの温床といわれた零細農家の経済実態と対立する。農家はこれを私権の確立によって突破するという、新 しい第一歩を踏み出したといえるのである。父系から双系へ、そして系からの独立へ。人脈もまた、金脈へと変身を余儀なくされるのである。皮肉で言うのではなく、私権の確立はまさしく、資本主義の発達に負っている。

では、この事情は都市プロレタリアにとってどうだったのだろうか。端的にいえば、一般に身分の安定を果たした彼らは、私権の確立とは逆行する道を歩んで いる。それは権力への身売りとして現れる。強いられた夫婦の性別役割分業は、両性の差別を強化し、異質ろなものの助け合いという婚姻神話を生んだ。これが 家族世帯のイデオロギーとして、夫婦及びそのこのワンセット的幸福、あるいは幸福追及単位となった。これによれば、夫婦は夫婦で一人前、子はその付属物と して家族の幸福度を測るバロメーターでしかない。これによれば私生子はそれだけで不幸のシンボルなのである。前出の大阪地裁の判決は、これを公式の場で宣 したに他ならない。いわく、未婚の女は子を産むべきでなく、私生の子(私生という言葉も「私人が勝手に産んだ子」で、反対語の「公生子」よりは開放的だが、国家が承認しないこと言う点では大同小異)は生まれてくるべきではない。そしてまたこの裏返しが家族を単位とした福祉の追 及である。

支配階級のイデオロギーに便乗した要求は、イデオロギー保護料としてなら安いもの。支配者の側も資金捻出をためらわない。さまざまな手当てはこうして登 場してきたのである。民法や戸籍法のイデオロギーは下層中産階級の生活実態をまたしても変革した。家庭とは無縁だったプロレタリアが、今や手当てという経 済実態を手にし、家=夫婦イデオロギーの実践者になった。

だが、ばら色の夫婦神話は、男女の私権を否定し、子を幸福の手段と化す。婦女子保護の思想がここでも差別を育てる結果になっている。

 

労働力の価値の低落は、女性の働く権利の前進とともに世帯を生み出した。共稼ぎしなければ食えない現実は、家事労働を変質させ、いまや法人世帯や家族契約が登場してもおかしくはない。

プロレタリア階級がささやかな手当てに幻覚を見ていた時代は終わった。権力がセットした庭付き一戸建て住宅に夫婦と子供、愛と自由に満ちたマイホームは 夢のまた夢になった。こうしたとき、醒めた目は民法相続編どころか親族編から戸籍法にまで一貫して流れている家=夫婦イデオロギーが持つ犯罪性が見えてく る。現行の戸籍が、夫婦及びその子を「同氏」として同一の戸籍にセットすることで、氏=家制度を温存したことはすでに見た。「戸籍」から諸個人を解放し、 個籍とせよ、とする声を批判して、前出の阿川清道氏は「どの戸籍に入っているかということは、実体上の身分関係ないし権利義務とはなんらの拘わりがな い。……しかしながら、わが国の現在の戸籍の仕組みは、近代における小家族生活の実情とおおむね合致するものであって、各方面における戸籍の利用上便利で あるばかりでなく、国民に親しまれやすい構造であるといいうる」(『こせき研修』p10)と述べている。

冗談ではない。勝手に国民を僭称し、実体とは無縁な仕組みを正当化しようとする許しがたい論調である。そもそもこせきなど庶民にとって無縁のものであ る。戸籍上の親族など一切れのパンも保障しはしない。庶民には与える思いやりはあったとしても、人に与えるパンを持つほどの余裕はない。

ただ、家族手当という、あるいは所得税控除というひもつき賃金をもらうためには、戸籍上の証明を必要とするからそれにくらいつくまでである。名目はどうであれ、一片のパンには替えられない。たとえそれが身分差別を強調し、自己の自立性を投げ捨てるものであってもである。

また、身分関係ないし権利義務を定めた民法も、新しい家を実現すべく、指導的な姿勢をもって実態体的な個人生活の中に介入し、一定の成果を収めたものの、それは一時期のイデオロギーを先導したに過ぎなかったことを見てきた。

そしてその後に残ったのは、婚姻関係の異常な強調の下に“いけにえ”もしくは“見せしめ”として選ばれた婚姻外の子に対する差別であった。

付言しておけば、この差別は非嫡出子に対してかかるばかりではない。突然の交通事故で父親を失った子に対しても言えることなのである。私生の子が生まれるべきでない社会は、片親の子もまた生きにくい仕組みを持っている。

「この社会では、子供の幸福は彼らの家庭に依存しているので、世話する家庭を持たない子供は社会の歓迎されないお荷物、社会の欠格者とされる」(アンドデ・モレル「IS ADOPSION A SUBSTITUTE FOR ABORTION ?」)。

 

資本主義社会は、それがより安上がりな管理システムである限り、子供の家庭への封じ込めを止めないだろう。しかしわが国の場合、これは単に経済上、道徳 上の締め付けによって達成されるばかりではなく、身分上の締め付けによっても達成される。これが現行の民法、戸籍法、住民基本台帳法である。

もちろん、資本主義体制そのものの鬼っ子である私権の名においてこれらの解体を志向するのはナンセンスである。これとの闘いは現実生活上の闘いとして、日常的に背負わねばならないものである。

しかし、タテマエの解体はその内部矛盾からも起こりうる。この意味でわれわれはタテマエをも武器にする。

最後に、新民法のタテマエは、婚姻締結に際しての両性の平等に、あまりに目を奪われすぎたきらいがある。嫡子という言葉は、先に見たように、特権社会の用語の一般的な押し付けであるばかりではなく、家父長生社会の用語の女性一般への押し付けでもあるのである。

「嫡」とは、男を中心として、女、子供を名指すための言葉なのである。子の両性差別を、新民法のタテマエがどうして見落としてしまったのか。意地の悪い詮索は良しにしてもこれだけはいえる。すなわち、新民法は子にかかる差別に関してはオンチだったと。

ところが、子供に対する差別はそっくり子を産んだ女に対する差別となって帰ってくる。先に見た嫡出性の否認権の差別や、待婚期間上の差別がそのよい例である。

子の意味で、身樹下らの子を嫡出の子であると名乗ることもまた犯罪的なことである。それ自体、差別構造の上に乗り、それを増幅することになるからである。

父母の婚姻の存否によって、嫡出の子と嫡出でない子に区分されている現行民法下の子供たちは、分節面両項の対立以上に、すなわち子供同士の差別以上に、 総体としての抑圧をこうむっているのである。家=夫婦イデオロギーは家庭への封じ込めによって子を抑圧している。分節面も、実はこの抑圧の表現形態なので ある。

したがって、私生子を保護せよ、といった権利主張はこの分節面を撤廃し得ない。必要なのは差別の全面撤廃であり、分節面の無化である。分節面を作り出す 抑圧の全面的な廃棄である。すなわち、家庭からの子の解放が勝ち取れない限り、分節面は常に形を変えて再生されることだろう。

私生児差別を押し付ける戸籍制度を解体するための闘いも、実は家庭からの子の解放のための闘いであるのだ。と同時にそれは、親の側の家庭からの解放を必要とする。少なくともタテマエが家庭に基礎を置くことを認めてはならない。

 

〈転載終了〉

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